新版 小栗判官・照手姫
2023年遠藤啄郎追悼公演
1982年に木造船劇場で初演した横浜ボートシアターの代表作『小栗判官・照手姫』。その伝説の舞台を、遠藤啄郎(脚本・演出・仮面作家 1928年〜2020年)の追悼公演として、装いも新たに上演します。
8人の演者が語り、奏で、歌い、踊り、古語と仮面によって描き出す中世のファンタジー。
本追悼公演の発起人の一人である舞台美術家・堀尾幸男氏の総監修の元、遠藤の晩年の仲間たちが総力を挙げて、いにしえより人々が語り継いできた奇跡の物語に挑みます。
物語に由来した、小栗・照手・鬼鹿毛の墓がある藤沢の時宗総本山「遊行寺」本堂と、代官山のクラシカルな劇場「シアター代官山」それぞれで華開く聖地巡礼の祈りの世界。
あらすじ
正八幡荒人神として祀られた鞍馬の申し子「小栗判官」と、結ぶの神として祀られた日光山の申し子「照手姫」がまだ人であった頃。生の赴くままにしきたりを破り死をも恐れぬ小栗は、照手姫を強奪したかどで武蔵相模両国の郡代である横山一族に殺された。同罪とされた照手も父親によって海に流されたが一命を取りとめ、転々と売られた末に遊女の下働きへと身をやつす。地獄に落ちた小栗は閻魔の計らいで現世に餓鬼阿弥(※)の姿となって蘇る。その首には閻魔の筆なる「この者を熊野の湯に入れよ」という書き付けが。それを見た藤沢の上人が、「この者を一引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と書き添え、土車に乗せて引き出す。照手も小栗とは知らず、五日の暇に餓鬼阿弥を引く。照手の呼びかけに慈悲の心を呼び覚まされた人々も手に手に土車を引き、ついに熊野の湯に入った餓鬼阿弥は元の小栗の姿へ戻り、照手との再会を果たすのだった。
※ 「餓鬼阿弥」は「餓鬼病み」、ハンセン病患者を指す。聖地熊野は浄土より湧き上がる薬の湯への圧倒的な信頼により、あらゆる被差別民を受け入れることができたという。
『新版 小栗判官・照手姫』によせて 吉見俊哉(東京大学名誉教授 國學院大学観光まちづくり学部教授)
いつ頃からか、演劇とは死者との対話の技法なのだと確信するようになった。舞台にはいつも2つの孔が開いていて、一方は客席に、他方は奈落に通じる。奈落には無数の死者、亡霊が蠢いていて、それこそが古来、ギリシャ悲劇やシェイクスピアから能や歌舞伎、そして1960年代のアヴァンギャルドまでの演劇的想像力の源泉だった。歴史的には、奈落は谷間や川辺、海と親縁性を持っていて、近世以前、人々はそこに死者を葬り、またそこから死者を迎えていた。
『小栗判官・照手姫』を可能にしてきたのは、そんな演劇的想像力である。かつて横浜ボートシアターは、中村川に浮かぶダルマ船でこの死と再生の仮面劇を演じることで、川の揺らめきを中世の遊行民たちの想像力に繋ごうとしていた。だからこの芝居で、コロスのような役者たちによる餓鬼阿弥を乗せた車引きの場面は決定的に重要なのだと思う。小栗は将門や義経や源氏三代と同じように貴種である。だから彼は死ななければならない。その死者と通じ、死者を再生させていく力とは何か。
もう説明の必要はないはずだ。今回の『新版 小栗判官・照手姫』は、小栗再生の演劇であると同時に、2020年に世を去った遠藤啄郎再生の演劇ともなるはずだ。楽しみにしている。
「万能の俳優の復権」桑野隆(早稲田大学名誉教授)
一分の隙もない密度のきわめて濃い、みごとな演出に引き込まれ圧倒された舞台でした。
「せりふだけが語るのではない多声的な」演劇本来の魅力を堪能することができました。「総合演劇」というよりも、よき意味での「未分化の演劇」と呼ぶべきでしょうか。語り自体が訴える力はむろんのこと、謡い、コーラス、身振り、動き、音(楽)、装置、照明等、すべてが「語っており」、しかも「ハーモニー」というよりは各要素がモンタージュ的な微妙な距離・組み合わせをとっているように思え、それがまた「小栗判官・照手姫」という両義的な芝居にとてもふさわしく感じました。
仮面劇ならではの「演劇的な演劇」の力もあざやかに発揮されていたと思います。「変身」という演劇の原点のエネルギーをこれほど説得力豊かに繰り広げた舞台も希有ではないでしょうか。しかも、演じるだけでなく楽器演奏者にも素早く「変身」するところはいまなお斬新であり、芝居ならではの約束事の世界にますます浸ることができました。
グロテスクな閻魔のシーンの喜劇性も、続く小栗再生との対照を際立たせていて効果的でした(一列前の客席の20代くらいの観客が閻魔のシーンでは声を出して笑い、小栗再生の瞬間には涙を拭っていました。その反応ぶりに隣の年配の方はご不満のようでしたが……)。
とはいえ、劇場をあとにした駅までの道すがらいちばんに浮かんできたのはなんといっても「8人の俳優」のレベルの高さです。たいへんな訓練・稽古を積まれたものと想像されますが、民衆演劇と前衛演劇の良さを巧みに組み合わせていたロシアの演出家メイエルホリドが「万能の俳優」こそ復権されるべきだと語っていたことが思い起こされました。当時のメイエルホリドの場合は自然主義演劇への対抗が主眼のため「アクロバット」的要素に主眼をおいており、必ずしも全面的に重なり合うものではありませんが、それでもやはり「8人の俳優」は「万能の俳優」だと思います。それだけでもすでに十分に「いい芝居を観た」という心地よさを味わえました。
ありがとうございました。
新版 小栗判官・照手姫(デラシネ日誌より)大島幹雄(作家・サーカス学会会長)
(……)いまの劇団がどうやってこの作品を上演するのか、模索しているなかで、かつて遠藤が黒テントのために書いたおぐりの台本を発見、これが少人数でも演じられるものだったことから、これを台本にして演出プランを考えるという話にはちょっと興奮した。ボートシアターの代表作が、あらたに生まれ変わる、それも死と再生の物語おぐりをである。この数ヶ月後本拠地としている船で演じられた試演会も見ることができた。最初に見たおぐりが極彩色なら、墨絵のようなおぐりの世界がそこにあった。仮面もうまく使われているが、おぐりの世界がよりシンプルに、物語の構図がはっきりし、照手と小栗の愛の物語にはっきりとした輪郭が見えてきた。
ボートのおぐりも、政太夫のおぐりも、台本は「をぐり」をつかっている。いわゆる古語、ふるい言い回し、説経節は節にのせるが、芝居となるとそうはいけない、このテキストが役者の中に肉体化されないと、観客には伝わってこない。舟での試演会のとき強く感じたのは、このセリフが肉体化されていたことだ、輪郭が見えたのはそのことが大きいと思った。それは今回の本公演で、確かなものになっていた。そしてそこで、なぜこのテキストでなければいけなかったのか、それはここに民衆のコロスともいうべき、集団としての想像力が詰め込まれているからなのではないか。
遠藤が残した台本によって、吉岡や劇団員がまさに新版おぐりをつくりあげたことをなによりも喜びたい。かつての極彩色の仮面劇が、歌舞伎の世界に近いとするならば、新版はより中世の説経節の世界に近い。遠藤の意志(遺志ではない)を継ぎながら、いま新たな小栗が生まれようといしている場に出会えたことをうれしく思う。
2023年公演記録
東京公演「シアター代官山」
11月23日(木) 16:00開演【売切】【当日券】 開演1時間前より、当日券(若干数を予定)の整理券を発行いたします。 ご希望の方はシアター代官山受付まで直接お越しください。
11月24日(金) 13:30開演/18:30開演【当日券】13時30分開演の回、18時30分開演の回ともに、開演1時間前より販売いたします。 ご希望の方はシアター代官山受付まで直接お越しください。
11月25日(土) 13:30開演【売切】【当日券】開演1時間前より、当日券の整理券を発行いたします。工夫してできるだけ当日券席を作る予定です。ご希望の方はシアター代官山受付まで直接お越しください。
※開場は開演の30分前。
※【売切】表示のある公演の予約は、キャンセル待ちにて承ります。また、前売り券が売り切れた公演の当日券情報は、決定し次第X(旧Twitter)、Facebook、当ページにてお知らせいたします。
アクセス
- 電車
- 東急東横線 代官山駅より徒歩5分
- JR、都営地下鉄 恵比寿駅より徒歩10分
住所:〒150-0021 東京都渋谷区恵比寿西2丁目12−12(地図)
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
藤沢公演「遊行寺 本堂」【終了いたしました】
11月3日(金) 16:00開演【売切】【当日券情報】開演1時間前より、当日券(若干数を予定)の整理券を発行いたします。ご希望の方は遊行寺本堂の受付まで直接お越しください。
11月4日(土) 14:00開演【売切】【当日券情報】開演1時間前より、当日券(若干数を予定)の整理券を発行いたします。ご希望の方は遊行寺本堂の受付まで直接お越しください。
※開場は開演の30分前。
アクセス
- 電車
- JR東海道本線・小田急江ノ島線・江ノ島電鉄 藤沢駅北口より徒歩約15分
- 小田急江ノ島線 藤沢本町駅より徒歩約20分
- バス
- 藤沢駅北口4番または5番のりば「戸塚バスセンター行」「大船駅西口行」乗車、「藤沢橋」下車
- タクシー
- 藤沢駅北口で「遊行寺まで」とお伝えください。
住所:〒251-0001 神奈川県藤沢市西富1-8-1(地図)
スタッフ・キャスト
出演・演奏:丹下一 + 増田美穂 + 桐山日登美 + かわらじゅん + 柿澤あゆみ + 奥本聡 + 松本利洋 + リアルマッスル泉
脚本・仮面:遠藤啄郎
構成・演出・仮面:吉岡紗矢
総監修・舞台美術・衣装・仮面:堀尾幸男
音楽:松本利洋
衣裳協力:佐々波雅子
照明:竹内右史
舞台監督:三津久 + 嶋崎陽
身体表現指導:ケイタケイ + ラズ・ブレザー
語り指導:説経節政大夫
配信動画:Shell Mound Pictures
制作:横浜ボートシアター + 奥本聡
制作協力:マルメロ
協力:木村秀行 + 近藤春菜 + 佐野友香 + 玉寄長政 + 村上洋司
助成:芸術文化振興基金助成事業
料金
一般前売 4,000円
学生前売 2,000円
(当日各+500円)
予約・お問い合わせ(横浜ボートシアター)
MAIL info@yokohama-boattheatre.org TEL 080-6737-5208