「さらばアメリカ!」の歴史②〜 図書館小劇場「アメリカ!」(2000年5月上演)〜

5月25日〜6月3日までKAAT 神奈川芸術劇場で上演される「さらばアメリカ!」の40年にわたる紆余曲折をご紹介する連載コラムです。前回は1975年頃に遠藤啄郎が当作品を執筆した当時を振り返りました。長期の海外公演で心身がボロボロになり、「もう演劇などやめてやる!」というヤケクソな状態で書かれた後複数の劇団から上演拒否された本作が再び日の目を見るのは、横浜ボートシアターの語り企画「図書館小劇場」でのことでした。

故あって未上演のまましまい込まれていた脚本「アメリカ!」が初めて日の目を見たのは、2000年5月、横浜ボートシアターの図書館小劇場シリーズの最終回においてであった。
図書館小劇場のチラシ(デザイン:遠藤)
図書館小劇場とは…
1998年の年の瀬、遠藤は二年越しで書き上げた「Hotel 水の王宮」をその秋に公演し終え、精根尽きて少し体調を崩していた。
「来年同規模の作品を企画し上演することは到底できない、しかし劇団員は30人近くおり、何か来年の目標を打ち出さなければならない…そうだ、Hotel 水の王宮」で若い役者連中に言葉の表現をさせるのにひどく苦労した。来年は丸一年をかけ語り強化期間とし、小作品を連続上演するのだ!」
という事で、横浜市立中央図書館の地下にある小さなホールを借りて、毎月新作の語り作品を発表するという、地味だが体力のいる企画を立ち上げた。(現在ホールは貸し出していないとのこと)
詳細は次の通り。
図書館小劇場のラインナップ
1999年5月から2000年5月までの全13回。
とにかく大変だったのがこのラインナップ作り。
1回目はあまり準備期間がないので、劇団のヒット作でその時期もよく上演していた「小栗判官・照手姫」を6人語りで部分上演することに。
以降、季節、顔ぶれを考慮し、現代にふさわしい何より音声化して力強い作品を、本を読みあさり、頭を絞って、メンバーでアイデアを出し合い構成した。
衣装デザイナーの緒方規矩子さんの演出が二本、役者の玉寄長政が台本構成をするなど、普段見られない見所も生まれた。
その頃劇団に10人以上いた20代前半の若者に「きけわだつみのこえ」を読ませるという遠藤の企画は、言葉と真摯に向き合うという役者の重要な基礎を彼らに体験させた
ある日「こんなのがある」と言って遠藤が「アメリカ!」の原稿を持って来て、皆の前で音読した。
とにかくヤケっぱちのエネルギーがあり、皆興味をそそられた。
経験も浅くボーッとした当時の私(吉岡)には少し難解に感じられたが。
そしてやってみようと話が決まった。
稽古期間はせいぜい1ヶ月半くらい。
台本を持ってポジションを移動するリーディング形式。
売春婦・付添婦を語る女優、売春婦の娘・見習い看護婦を語る女優、ナレーションを語る女優はダブルキャストだった。
図書館小劇場第13回公演「アメリカ!」稽古風景(玉寄長政)
作中、移り変わる時代の正義を一人の男優が七変化して象徴的に表現する役がある。
この役は初演から現在に至るまで玉寄長政が担っている。
玉寄無くしてこの戯曲は上演できないと遠藤は考えているほどだ。
一方駆け出しの私は作品を血肉にするどころか呑み込むことさえ覚束なく、先輩方が具体化して行くルール(世界観)に必死について行った。
ナレーターがト書きをマイクでさし挟む演出もこの時から。
図書館小劇場第13回公演「アメリカ!」稽古風景(左:野口英、右:吉岡紗矢)
図書館小劇場の企画は劇団の他の企画に比べ地味だったので、毎回のお客さんも少なく、この「アメリカ!」も毎月の客数より少し多いくらいだったが、その中に両国シアターXのプロデューサー・上田美佐子さんがおられた。
上田さんはシアターXのこけら落としを遠藤に頼んで以来、遠藤の作品には常に注目して来られた。
未上演だった遠藤の書き下ろし作品と聞き駆け付けてくださり、そして大変面白かったようで、すぐに是非シアターXで上演してほしいという話になった。しかもこの秋にと。
遠藤にとってはこれまで阻害されしまわれていた作品に劇場からお声が掛かったのだから、是非やりたい、だが4ヶ月で本格的に仕込めるだろうか…
悩んだ末、やっちまおう!ただし基本をリーディング形式とし、それを少し発展させた形で。
ということになり、一年間の図書館小劇場シリーズの終わりに突如転がり出た企画に、ホッと息つく間も無く飛び乗ったのだった。(つづく)