ツアー記録 (1) 7月20日 東京公演 代官山・晴れたら空に豆まいて

『極楽金魚』『月夜のけだもの』ツアー終了から4日が経ちました。劇団は息つく間も無く次のプロジェクトへと足を進めておりますが、記憶が確かなうちに、関わっていただいた皆様への感謝とともに、今回の旅の記録を残しておきたいと思います(※今回の記事の写真は全てMasami Gan-funeさん撮影)。

目次

【吉岡紗矢の手記】

二年ぶりの影絵公演初日。影絵道具一式、音楽の機材一式をカートに括り付けて電車で運ぶ。松本くんはこの度音楽を仕込み直したので、巨大でずっしりしたエフェクターを中心に、機材の量は膨大となり、奥本くんも出動して、二つのカートに分けて運ぶ。一人では心細いのだが、三人で巨大な荷物を運んでいる安心感。

代官山のライブハウス「晴れたら空に豆まいて」に到着すると、店長の首藤さんと、制作の斎藤朋さんが待ち構えており、エレベーター前の階段を荷下ろし、会場入り。舞台にはスクリーンをかさ上げするためのたくさんの丸椅子と、畳が準備されている。着くや否やスクリーンの位置を決め、私は即、影絵セットの仕込みに取り掛かる。影絵セットは仕込みを手伝えないのがネック。一人で二時間以上かけて仕込まなければならない。

会場の壁には黄色い土が塗られていて、その上に黒い動物などの絵が描かれている。舞台の間口、会場の広さ、質感、雰囲気が驚くほど影絵に合っていてワクワクする。仕込み中、何種類かのお店オリジナルのお茶を出していただいた。これまで飲んだことのない豊かな風味のまろやかな味。お店の方で配信もしてくださるということでマイクも設置。人形が飛び交う影絵セット内部のどこにマイクを設置するか、音響の方々が頭を悩ませた結果、最良の場所を見つけた。頭上の影絵ライトの支柱だ。

二時間半で影絵の仕込みが終わり、リハーサル開始。はじめ、マイクで拾った声も会場のスピーカーから流れたが、声は生の声に切り替えてもらう。演者がスクリーンの影に隠れて演じているので、声の出どころと生の空間性をはっきり出さないと、ライブ感のないアニメーションみたいになってしまうのだ。

リハーサルのあと、お店のカレーライスをまかない値段でいただく。とても丁寧な味のバターチキン。お店内装全体が、風情と温かみのある素材で作られており、とても居心地がいい。楽屋も同様で、薄いピンクの壁、木の机と椅子、鳥の彫刻、熊野のカラス文字のお札。ライトも暖かい雰囲気で、鏡に映る自分が美人に見える部屋だ。

お客さんが集まりはじめ会場の賑やかさが聴こえて来る。感染が増える最中、とても大切な人々が駆けつけてくださっている。この十日以上、毎日しっかり稽古して来たので大丈夫だ。直前にあまりの忙しさに心身に不調をきたした松本くんも復活したので心底安堵。

本番が始まる。家でセットを組んでの稽古は、声をある程度セーブしなければならないが、今日はのびのびと声が出せて嬉しい。この二年、役者はほとんどやっておらず、脚本や演出に携わっていたため、今回影絵の稽古に入った時、以前のように夢中になれず戸惑った。しかし数日前から調子を取り戻し、人形達を可愛いと思うようになった。人形を共に演じる仲間と感じる。『月夜のけだもの』の連中は面白いやつらで、「今日はどんな風に振る舞うか」楽しみに感じるようになった。三年前に『月夜のけだもの』を上演した時はまだ手順に追われていた。豊かになった『月夜のけだもの』を遠藤さんに見せたい。『極楽金魚』は本番中おさきの悲しみを深く感じた気がする。最後の金魚と馬の昇天の動きは、数日前に松本くんと相談し工夫した。遠藤さんもいいと言ってくれるにちがいない。

本番が終わり、お客さんにスクリーンの裏に回ってもらい、機構や人形について紹介する。皆さんが声をかけてくださり、公演は成功した様子だった。晴れたら空に豆まいて、こんな素敵な場所で上演できて光栄でした。ご来場いただいた皆さま並びに、お店のスタッフの皆さんに心から感謝申し上げます。まずはツアーの良いスタートが切れたようです。

【松本利洋の手記】

昼過ぎに会場入り。荷物はかつてない重さだが、代官山駅から至近距離で、奥本くんが手伝ってくれたこともあり、運搬は概ね気楽であった。しかし、乗り継ぎに間に合わなかったりして遅刻してしまう。会場が入っているビルの前に着くと、制作の斎藤朋さんと「晴れたら空に豆まいて」店長が待っていらっしゃった。お二人が重い荷物の搬入を手伝ってくださり、感謝・恐縮する。

仕込みの時に、配信映像用に急遽DI(ある種類の楽器の音をミキサーに直接流し込むための機材)を入れることに。あまり経験のないやり方なのでドキドキしてたら、案の定、リハの際にギターの音が出なくなる。スタッフの方がしゃがみ込んで機材を確認すると、結局DIのプラグが半挿しになってるだけだった。気が引けるとプラグの挿し方も腰が引けるのでした。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。

ステージ横の細い通路を通った先にある楽屋には、なんと熊野のお札が何枚も貼ってある。現在『小栗判官・照手姫』に取り組んでいることもあり、不思議な縁を感じる。経営者の方は一体どんな人なんだろう。そういえば、「晴れたら空に豆まいて」と同じ系列の「月桃荘」というリハーサルスタジオに、かつて遠藤さんや政大夫さんと共に訪れたことがある。僕はそこで何故かドラムを叩いたが、なんでそういう流れになったのか思い出せない。

リハ後も開演直前まで調整を続け、皆様に迷惑をかけてしまう。諦めが悪かった理由は、今回のツアーに合わせて導入したBIAS Distortion。歪み系で相当音が作り込める上にMIDIによるパッチチェンジやパラメータのコントロールも可能、つまりやりたい放題できそうだということで、喜び勇んで導入してみたものの、自分の手には余る代物だった。コンプ感と音量コントロールのトレードオフが全然取れない。生の声とのバランスの責任は自分にのしかかってくるため、音量感が定まらないのは非常に辛い。最終的にはプリセットでの設定は諦めて、自分の手足でなんとかするということにした。

仕込みやリハの合間に、晴れ豆特製のお茶をいただく。桑茶、柿の葉茶など、マニアックなお茶、どれも美味しかった。そして、開場前にはまかない(?)のカレーをいただく。これも大変美味しかった。

本番は、『月夜のけだもの』『極楽金魚』の双方に、まだ音楽的な改善の余地があると感じた。『月夜のけだもの』はまだ回数を重ねていないが故に、『極楽金魚』は音量調整、歪みのクオリティ故に。

片付けの最中だったか、唐突に記念撮影が行なわれる。カメラマンは朋さんがお呼びした方。マスク越しではあるが、優しそうな雰囲気が伝わってくる。この方こそが、Masami Gan-funeさんであった。公演後、素敵な写真を提供してくださるのみならず、熱いメッセージとともに、何度もツアーを宣伝していただいた。本当にありがとうございます。

本番の反省の続き。『極楽金魚』は左右両方の足を使って〈エフェクター自体の歪み量〉と〈歪みエフェクターに送る音量〉を同時に調整するという荒技を敢行するハメになり、本番中ずっと座っていたのにも関わらず、カーテンコールでは膝がガクガクだった。そんなこともあり、自分の手に余るBIAS Distortionは今回の本番をもってボードから外すことを決意する。

片付けの後、お店のご好意で、晴れ豆店内にて翌日以降の打ち合わせをさせていただく。店長から飲み物を勧められ、知らなかったという理由だけでコアップガラナというものを頼んだところ、店長がなぜかちょっとニヤッとしたように見えた。京都の舞妓さんの立ち姿を意識したという独特な瓶に入ったこの飲み物は、某栄養ドリンクに似た味だった。あっ、なるほど、元気出すための飲み物なんですね……しかし、薬臭くなくて結構美味しい。

退店時も店長自ら機材の運搬を手伝ってくださり、またしても感謝と恐縮。晴れ豆のスタッフの方々はサバサバしていてとても感じがよく、小屋の雰囲気もとても良い。実に素晴らしいライブハウスでした。

この時は、これからまだ6つも公演が控えているということにあまり現実感がなかった。そのことをポロッと呟くと、朋さんが「感染者が増えているからね」と相槌を打ってくれた。自分としてはもうちょっと違う理由を感じていたものの、その時はうまく言語化できなかった。今振り返ってみると、ここ半年くらいの間忙しすぎて、ツアーに思いを馳せる暇が全くなく、ツアーに対する内面的な心構えができてなかったのだと思う(もちろん機材等の準備や想定はしていたが)。

今回、晴れ豆の本番の直前、本当に絶不調になってしまった。全くもって自業自得だが、本番直前にやることが押し寄せてしまい、キャパをオーバーしたのではないかと思う。劇団の皆さんにも迷惑をかけてしまった。

ともあれ、明日もツアー出発直前とは思えないような(あるいは出発直前にふさわしい)バタバタな1日となりそうだ。


次回に続く。

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