語りワークショップ日誌(2014年10月27日)

今回の参加者は先日の語りワークショップ成果発表会に出演した方たちでした。小さい規模の発表会ながら、いつもとは違う視線に晒されることは効果絶大。(私も含む)参加者全員にとってステップアップをするよい機会となった模様です。そこで得たものを発展させるべく、より一層熱心に稽古に励んでいます。

ワークショップでは相変わらず皆で樋口一葉の「にごりえ」に取り組んでいるところです。この作品に端を発した話題はいつも尽きることなく、一通り稽古が終わった後もついつい話し込んでしまいます。

本日は、遊女(酌婦)と客の微妙な擬似恋愛を楽しむ感覚についての話に花が咲きました。

現代より婚前の男女の垣根が高かった頃、先生や先輩や時には親に連れられて遊郭を訪れる若者も多かったとか。そのような時代を知る遠藤さんならではの興味深いコメントが多くありました。遊女と客の間のルール、奇妙な嫉妬心を楽しむ感覚、男の見栄、遊女がほろりとしてしまう男の態度など、(実体験かどうかは明かされませんでしたが)さすがによく知っていらっしゃいます。

また、現代でも擬似恋愛的要素を利用した商売はもちろんありますが、美容師さんにも人によってはその気味があるという話が出ました。私は久しく男性の美容師さんに付いたことがないのでまったく知りませんでしたが、美容院が林立する都会での、美容師さんの苦労がしのばれます。

また別の話題の中で、樋口一葉と宮澤賢治とポール・ボウルズに共通すると思われるものが見えてきました。それは、新開地や里山や砂漠や近代都市といった、環境に育まれた登場人物(生き物)の性質がドラマの核にあること。つまり環境(歴史や宗教も含む)とキャラクターは切っても切り離せないという前提に立って物語の構造を作っているように思われるのです。そこには並外れた観察眼と洞察力があり、私たちがいかに観察を怠っているかを反省すると同時に、彼らの天才ぶりにただただため息をつくばかりです。

吉岡紗矢

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