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船劇場を活用した芸術祭の提案

船劇場とは

王サルヨの婚礼
2001年新港埠頭岸壁にて仮係留して行われた公演

港の街・横浜の歴史が感じられる本格的な劇場

コンテナ輸送の隆盛によりその数を減らしつつある艀(はしけ)を、日本の舞台美術の第一人者・堀尾幸男のデザインにより劇場として改装した船劇場。赤く錆びた荒々しい風合いと波に浮かぶ感覚は、港の歴史・記憶を人々の心に刻みつけると同時に、様々な芸術体験を旅することにおいて、他に例のないユニークな「舞台装置」の役割を果たす場であり、横浜が世界に誇れる文化施設である。

仮停泊による芸術祭の開催

船劇場を宣伝可能な岸壁に仮停泊させ、様々なジャンルのアーティストが参加する芸術祭を催したい。

【現在は発案の段階ですが、詳細の決定・実現に向けて実行委員会を組織し、皆様のご協力を賜りたく存じます。】

【想定】横浜ボートシアターの代表作『小栗判官・照手姫』の上演をはじめ、演劇、ダンス、音楽、映画、民俗芸能、写真展、美術展、シンポジウムなど国内、海外、そして横浜市内で活動するアーティストの出演・参加。

更なる艀の活用案……艀の複合文化施設構想

船劇場のみならず複数の艀をダンスシアター、ライブハウス、映画館、ギャラリー、レストランなどに改造し、総合的にアートを楽しめる拠点を形成。艀とともに港の物流を支えた赤レンガ倉庫付近の護岸に係留し、倉庫群と艀群を一望できる景観を作り出せば、港の歴史を感じられるスポットとして、他の街にはない観光資源となるのではないか。市民とともにその実現を目指していきたい。そのための第一歩として、まずは仮設の劇場として一定期間、宣伝可能な岸壁に仮停泊し、様々な芸術を体験できるフェスティバルの開催を目指したい。

幕末の開港から高度経済成長期まで物流の主役であった艀は、横浜の発展を象徴する存在の一つである。時代とともに使用されなくなった艀に新たな命を吹き込み活用することで、横浜という街の果たしてきた役割・特色を肌で感じてもらう。それは今日に至るまでの日本の繁栄の歴史を知ることであり、未来を考えるきっかけの一つになるのではないか。

また様々な文化が交差し混じり合い、新たな文化を育んできた港の歴史を思えば、艀群が良質な芸術体験と出会う場となることは、大変に横浜らしく意味のあることだと考えている。

課題

興行実施のための諸許可(仮興行場、仮停泊など)

船劇場は港湾局の敷地内に停泊しており、横浜ボートシアター主催の小規模な催し・稽古の他は、原則使用できない。また、停泊場所の公表も禁じられている。芸術祭実現のためには宣伝可能な岸壁の使用許可など、行政からの各種許可が前提条件となる

船劇場の定期的な修繕

現在も横浜ボートシアターが拠点とし創作活動とともに維持管理を行っている船劇場だが、修理費等、当劇団の力だけでは存続が難しくなっている。劇場の認知を広げられる環境を整え、稼働率を上げることで定期的な修繕を実現したい。

船劇場の運営理念

劇場とは本来、ただの貸し劇場ではなく、常に「創作の場」であるという理念の元、当劇団は船劇場一代目から現在の三代目までを40年にわたり拠点として来た。そこで生まれた作品は国内のみならず海外でも上演し、好評を博した。脚本・演出を担当した遠藤は「船劇場が無ければこれらの作品は生まれなかった」と言っている。今後公に開かれた劇場となったとしても引き続きその理念に基づき、単なるレンタルスペースとしてではなく、当劇団をはじめ他のアーティストの「創作の場」として運営をしてゆきたいと考えている。

船劇場の歴史

1980年代、木造船劇場

1970年代、横浜元町裏の中村川で演劇集団アトムの会が拠点にしていたのが木造ダルマ船を改造した30席ほどの船劇場。80年代にその後を引き継いだ横浜ボートシアターは、“アジア”をテーマに壮大な叙事詩を物語る祝祭劇を展開。船劇場は異次元へ旅立つ装置として人気を博す。1996年に二代目の木造船劇場が沈船したのち、市民団体「ふね劇場をつくる会(以下ふね会)」が発足し、当劇団をフランチャイズ劇団とする市民船劇場の創設を目指して市民より寄付を募り、ふね会総会での決議により鋼鉄製の艀を劇場に改装。2001年、トリエンナーレ周辺企画として『王サルヨの婚礼』を新港埠頭岸壁に仮係留して上演。2週間弱の公演は全て売り切れ大いに好評を博す。公演後、常設の劇場にする許可が行政から下りず、2013年にふね会は解散。現在まで当劇団が管理、修繕等に責任を持ち、船劇場での稽古や小規模の催しを内々に行い続けている。なお、三代目船劇場の元となった艀は横浜回漕協会元専務理事・田中鐡雄氏より当劇団前代表・遠藤啄郎に寄贈されたものである。

仮面劇『小栗判官・照手姫』の上演

横浜ボートシアターの仮面劇『小栗判官・照手姫』を第1回船劇場芸術祭で上演したい。本作品は当劇団の代表作で、脚本・演出家の遠藤啄郎が紀伊國屋演劇賞を受賞し、1982年~2003年の間世界各地で公演し好評を博した劇である。

新型コロナ感染症に晒された現代に、再生の祈りを込めた、神奈川にゆかりの深い物語を横浜で再び上演することの意味は大きいと考えている。

なお、劇団ではこの代表作の再演を遠藤の追悼公演と位置付けたい。

遠藤啄郎(1928年~2020年)

遠藤啄郎

横浜ボートシアター前代表。画家・放送作家を経て脚本・演出家、舞台使用の仮面のデザイン製作者に転身。1981年、横浜の運河に浮ぶ木造船内を劇場とし、横浜ボートシアターを結成。『小栗判官・照手姫』の脚本・演出に対し第18回紀伊國屋演劇賞(1983年)、『王サルヨの婚礼』で横浜文化賞(2001年)受賞。人々の願いを掬い上げる「物語」に取り組み、人間中心主義を超え、目に見えないものまで出現する俯瞰した物語世界の中で、人間とは何かを問い続けてきた。

船劇場の呼称について

船劇場:創立当初より横浜ボートシアターが使ってきた呼称。

ふね劇場:ふね劇場をつくる会(ふね会)が新たな市民劇場を目指す際に使っていた呼称。

第七金星丸:ふね会の後継団体「第七金星丸」(2011年~2013年活動)が使っていた呼称。船劇場が艀として運用されていた時の船名でもある。

船劇場の老朽化とドック入り

船劇場は時間の経過とともに老朽化するため定期的な修繕が必要となります。初代、二代目の木造だるま船も老朽化し、そのたびに劇団員が修繕してきました。三代目の船劇場(第七金星丸)は、鋼鉄製の艀であるため劇団員による修繕が難しく、ドックへ入れて専門家に修繕をしてもらっています。

船劇場(第七金星丸)は過去2度のドック入りを経験しています。

2001年 千葉・伊豆山造船所にてドック入り費用は3,699,370円+曳舟料160,000円

2017年 千葉・伊豆山造船所にてドック入り費用は3,128,976円+曳舟料+保険料472,034円

初回から2回目のドック入りまでおよそ15年の間は特に問題なく稽古を行うことが出来ました。2回目のドック入りの時に、わかる範囲での修繕をしてもらったのですが、目視の難しいごく微細な穴が存在することが判明しました。しかし、公演も差し迫っていたため、時間の関係上、穴の位置を特定することが出来ず、船劇場をそのまま劇団へ返してもらうことになりました。

2018年には穴からの浸水も止まり、問題なく船劇場を利用していましたが、2021年の夏に再び浸水が始まりました。船劇場(第七金星丸)を管理してくださっている濱吉回漕店さんとも相談の上、2022年2月28日~3月7日に鶴見にあるトモイ造船鉄工所のドックへ入り、修繕を行う予定です。

船を上げてみなくては実際に必要な作業がわからないため、修繕費の見積もりは不明であるものの、前回の修繕費をもとに支援者からの寄付を募り修繕を行う予定にしています。

修繕の工程(予定)

  • 上架
  • 牡蛎落とし(砂打ちをして、牡蛎などを落とし弱いところに穴をあける)
  • 真水での洗体(塩がついていると作業ができないため、塩を落とす)
  • ダブリング(鉄を外から溶接する作業)
  • ペンキ塗装(エポタールによる塗装)
  • 亜鉛版の装着(鉄が電解しないように保護する)

2022年に予定しているドックからの帰還後、再びいつドック入りしなければならないかは不明です。

今回のドック入りは、前回のドック入りの後から穴が開いていることが明白であり、水が浸水しているために行います。今後のドック入りは船劇場の様子を見ながら、係留先とも相談の上で決めていくことになります。ただし、船劇場での芸術祭をするためにドック入りが必要であれば、そのために行うことになります。