劇団新企画「シリーズつなぐ〈艀〉」10月6日開催!

ツアー記録(7) 7月30日 八戸公演 SLOWBASEの森

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【吉岡紗矢の手記】

7月29日

今朝も定期的なPCR検査を行い、検体を郵送。昨夜の公演で声に限界が来てしまったので、本日の休演日は声を一切出さないと決めた。盛岡「北ホテル」の食堂へぎりぎりの時間に滑り込み朝食。食堂の係の女性がにこにこと親切。10時ころ、昨夜公演をした風のスタジオへバラシに向かう。声が出にくくなるという昨夜のハプニングを見兼ねてか、次の朝にゆっくりバラせるようお心遣いくださった劇場の方々へ感謝の思いで一杯だ。バラシを終え、声は出せずとも心からお礼を述べて、盛岡を後にする。

八戸へ向かう道中、斎藤朋さんのお勧めスポット、種差海岸に立ち寄る。

車窓から眺めると、海と思しき方から押し寄せる雲のような霧が広大な芝生の丘陵を覆い尽くし、朧に見える景色はなんだかこの世のものとも思われない。車を止め、いざと思いきや、その前にご飯を食べることに。この辺りはウニやアワビの産地とのこと。せっかくなので私はウニのラーメンを注文した。さっぱりと澄んだスープに色とりどりの海藻が散りばめられ、真ん中にウニが宝石のように乗っている。これは正直に言って、美しさと味の観点で最高だった。今思い出しても憧れるほどに。これ一つをとってもまた種差海岸に行きたいほどだ。喉を壊した昨日の公演も乗り越え、あとは明日の野外ステージのために力をつけるのだ!ということでソフトクリームまで食べて、いよいよ海岸へ。

霞みがかる芝生の丘陵を抜け、海岸を見下ろすなだらか斜面の辺りに来ると、背の低い様々な植物が密生し、その間にかすかに細い道が続いている。高山植物か思うほど、全く見たことのない植物ばかり。花も咲いている。巨大な岩がごろごろしている海岸へ、砂浜のある辺り目がけて下りてゆく。霧の砂浜は海水浴で賑わい、子供たちがきゃっきゃと喜び砂遊びをする横で、波は結構な荒さで打ち寄せている。砂から突き出す巨大な岩々は色も材質感も割れ方の傾向も実に様々だ。私たちは各々、それらの岩を伝って、ゴツゴツと岩ばかり密集している方の海岸へゆく。岩の間に海水が流れ込んでいる隙間を覗き込むと、まるでさっき食べたウニラーメンそっくりに色とりどりの海藻がゆらめいていて、その美しさとあのウニラーメンのセンスの良さに感動する。しばらく岩を伝って進んだあと、私たち4人はそれぞれ気に入った岩に座り込み海を見ていた。岩は雲天にもかかわらず日に焼かれかなりあたたかい。平たい大きな岩に横になってみると、巨大な頼もしい何かに抱き留められているようで力が抜ける。目をつぶっていると波のパチャパチャ寄せる音が耳近くでする。まさか潮が満ちて溺れはするまいとも考えたが、随分長いこと転がっていた。

大自然の滋養を溜め込んで、いざ八戸の宿、柏木旅館へ。それはたいそう古びた宿で、引き戸を開けると安楽な椅子に腰掛けたお婆さんと猫、そして美しい女性に迎えられた。曲がった階段を上がり二階へ。日当たりのいい広い廊下、軋む床板、歪んで閉まりにくい部屋の鍵。しかし各部屋は冷房完備、お洒落なデザインの清潔なトイレ。昔ながらの趣きに浸りつつ快適に楽しめるリノベーションがなされている。出迎えてくれた美しい女性は宿を切り盛りする柏木七穂さん。女優さんでもある。

宿で少し休んだ後、明日の公演会場であるSLOWBASEの森へ。そこにはユニークな造形物に取り囲まれた建物がある。主の木村さんは車のトラブルがあり、今日は会えそうにないことがわかった。森の方へ行くと手作りのツリーハウスなるものがあちこちの木の間、樹上に設置してある。木村さんてどういう人なんだろう…!これを全部お一人で作られたと聞いた。ステージを設置する場所とスクリーンの高さ、客席の場所や広さを確認して、今日は帰ることにした。

柏木旅館に戻って、夕食を食べに町へ。柏木旅館の古風な風情から、勝手に郊外のような気分になっていたが、意外にも街の中心部にあり、歩けばすぐに軒並みの飲食店で、私たちは本当に驚いた。

美味しい魚などが食べられそうなとある店に入った。和やかに談笑していると、聴こえて来たのはビブラートのかかった西洋発声の演歌だった。はじめは「へえこんなのもあるんだ」くらいに聞いていたが、何曲もずっとこの歌い方なのでだんだん耳についてしまって、皆で相談し、年配の店員さんに何か他の音楽をかけてもらえないか申し出た。すると「CDを最後までかけなければならないからやめることはできない」さらに「歌っているのは社長の奥さんの友達だ」と…。社内の掟なのか、頑として譲らないので、音を小さくしてもらった。帰りの会計時に、朋さんが先ほどの店員さんに「私はプロデューサーの斎藤朋といいます」と前置きをして「お客を第一に考えられないのはよくない。せっかくの料理が不味くなる。店として考え直した方がいい」と言った。店員さんは「申し訳ありません」と平謝りだが、「検討します、考え直します」とは一言も言えない。何だか気の毒なようにも見え、料理は美味しかったので、出がけに「ご馳走様でした」と言ったが無視された。板挟みになる立場の人の悲哀を感じ店を出た。

7月30日

午前中はフリータイム。朝ご飯を食べて、ストレッチ、全身のほぐし。ゆっくり小さな声から始めて整えて行けば声は大丈夫だろうという見通し。

今日は野外公演なので会場へ向かう途中で虫除けスプレーや虫刺され用の薬を買ったりして、午後から本日の公演会場SLOWBASEの森に入る。昨日お会いできなかった主、木村勝一さんにお会いする。正直想像していた方とは違った。昨日森に点在するツリーハウスを見学して、一人でこんなことをする人は?と想像した姿は、寡黙に自分の世界に入り込む人物だった。木村さんがお仕事をされる時の様子は知らないので何とも言えないが、この日一日木村さんと接して感じたのは、非常にエネルギッシュで快活、大胆でしかも繊細、率直。つくづく、これまで会ったことのない、魅力的な面白い人だった。

これまでの各地での公演で仕込み時間はだいたい2〜3時間だったが、今回は野外で見通しが立たなかったので、4時間取っていた。夏の午後の森の中は、他のどんな会場での仕込みよりも快適なことに驚いた。虫で困る、土で汚れるなどの心配は無用で、ただひたすらに新鮮な空気と木の間の柔らかな光、木々の匂いが心地よく、比べると人口の建物というのは随分窮屈な面があると思わざるを得なかった。

奥本くんと朋さんがふかふかした木の間の土壌の上に、スクリーンを見やすい位置にベンチを並べてゆく。松本くんは機材に小さな虫が入らないように神経を尖らせて、穴という穴にテープを貼って塞いでいる。

そしてひぐらしの声に包まれつつ、今日最大の難関のカヤを吊る。カヤの段になったら木村さんに吊り方など相談しようと言っていたが、木村さんは早々にどこかへ行ってしまい、自分たちで、近くの手頃な木にロープを渡して吊るしかなかった。木までの距離があり、持って行ったロープだけでは足りず、その辺に落ちていた紐も使って、奥本くんが脚立で木の高い所へなんとか結びつけてゆく。結べる場所を探すのも行き当たりばったり、紐の長さもギリギリだったにも関わらず、カヤはとても美しく、不便な箇所も無く吊れたのは奇跡的だった。

日暮れ近くのリハーサルでは、いつにない、カヤに滑り込みキチッと塞ぐ練習、散らばった人形を分けてカヤから出る練習なども行う。

影絵セットの裏手に、木村さんがお作りになったツリーハウスの一つがあり、そこを楽屋にさせていただく。お客さんも入り始め、ツリーハウスの薄暗い中で化粧などしていると、マレーシアのロングハウスで生活している人のような気分で楽しい。

公演が始まり、光る箱のようになったスクリーン裏に入ってしまうと、いつもと同じ、心を落ち着けて物語に専念できる。心配していた声の調子も、少しハスキーながらなんとかなっている。いつもと違うことと言えば、カヤの天井の網目の間から、スクリーン近くに小さな虫(尺取虫のような?)が糸を出してスーッと何匹も降りて来ること、カヤを通れる小さな羽虫も明るい箱の中をここぞとばかりに飛び回っている。『極楽金魚』の最後の方は、ハスキーな声に振り絞るような凄みが生まれたのでしょう、やっている方はギリギリでしたが、終演後、木村さんをはじめ、観客の皆さんが深く物語を受け止めてくださった感じがあった。この声のコンディションとツアー最後の野外公演という条件が、一度きりの悲壮な舞台を生んだかも知れないと、後から思う。

このようなユニークな公演ができたことを、木村さんをはじめとする関係者の皆さんに深く感謝いたします。

終演後は木村さんが工房の建物の方でバーベキューをしてくださり、公演に大変感動してくださった柏木旅館の七穂さんがお肉を焼く係をしてくださり、皆さんでもてなしてくださった。

木村さんの私たち三人を「座長!サトちゃん!まっちゃん!」と豪快に呼びつつ、別れ際には「E.T.だ」と言って指先を合わせるだけで心を伝え合おうとする慎ましさが何とも印象的だった。

朋さんを残して宿に一足先に帰った私たちは深く安堵して、明日の早朝7時半の出発に備え早々に寝た。夜中に賑やかな声がずっと聞こえていたと思ったら、木村さんや朋さん達が柏木旅館に移動して随分遅くまで宴会をしていたと、次の朝聞いた。

今回、一人語りでありながら声が出なくなる危機に初めて遭遇し、振り返って様々に原因を分析した。非常にハードなスケジュールがどのように声に影響したのか。ツアーの間中は、歌で使う部分の全身の引き上げのフォームが崩れたのだと思っていた。しかしどうも一番の原因は、喉に負担が行かないように支えていたお腹の力が弱まり、支え切れなくなっていたようなのだ。長年鍛えて来たので、元気な時は何てことなく無意識に支えられるが、無意識な故に元気がなくなった時に支えが弱くなったことに気付かなかったようなのだ。ツアーから帰って少し間を置き、8月の船劇場上演の準備に入った時、改めて腹の支えを点検した際にそう思った。元気がない時はかなり自覚的に支え直さなければならないようだ。それが今回の声に関する結論ではある。

このツアーでは初めて出会う人々が、特に『極楽金魚』の物語に深く心を打たれたようで、遠藤さんはいなかったけれど作品と物語が生き続けていることをひしひしと感じた。『月夜のけだもの』の遠藤さんデザインの可愛い動物たちも大人気だった(特に鼻血の白熊)。遠藤さんも喜んでいると感じる。本作初の野外公演はお見せしたかった。そして美味しいお魚も一緒に食べたかったなと思う。

【松本利洋の手記】

7月29日

紗矢さんが次の本番に備え、一切声帯を使わないと宣言した次の朝。朝食を提供しているホテル内のレストランに入る。バーのように落ち着いた雰囲気とは真逆のテンパり切った男性従業員が、日光の差し込む窓際とは反対側のバーカウンターに僕を案内する。窓側には数人連れの宿泊客が何組か座っていた。他の人がみんな明るいところで食べてる中、一人だけ薄暗い閉店中のバーの一角みたいな場所で朝食を食べる羽目になり、なんとも言えない気分であった。

朝食後、ホテル1階に集合。ホテル内に設けられたセレクトショップ(多分開店準備中だったにも関わらず入れてくれた)にみんなで入ると、良い感じの品揃えに惹かれついつい長居をしてしまう。僕は酒田での熱中症の反省から、帽子を一つ買った。店を出て、車でPCR検査の小箱を郵送しに郵便局に行くとき、自分の手元に郵送用の箱がないことに気づく。慌てて先ほどのお店に戻ったがそこにはない。ホテルのロビーでも不明。途方に暮れて車に戻ると、車の前を横切るサラリーマン。歩きながら訝しげに手元の小箱を見ている。手には探していた小箱! 「ありがとうございます!」と本人にとってはなんのことかわからないであろうお礼と共に小箱をひったくって、無事車は郵便局へ向かった。

朋さんが郵便局の窓口でみんなの分の検査キットを出し、車は風のスタジオへ。一夜明けての撤収作業。昨晩は打ちひしがれてまともに喋れなかったが、この日はしっかりお礼を言うことができた。温かく迎えてくださった会場の皆様、本当にありがとうございました。

ようやく八戸へ向けて出発。盛岡の都会がどんどん遠ざかり、木々に囲まれた片側1〜2車線の狭い道に入っていく。やがて鄙びたところに出、海岸沿いを進む。僕たちをぜひ連れて行きたいと朋さんがおすすめする種差海岸が近づいてくる。恥ずかしながら全く知らない場所であったが、草野新平、司馬遼太郎など錚々たる文人が惚れ込んだ名所らしい。

海岸近くの駐車場で車を停めると、海岸に向かう草原には広範囲に霧がかかっていて、まるで高原に来たかのようだった。草原を横切っていくと、霧の合間から唐突に海岸が現れた。この突然の変化、そして草原と海岸が霧の中に共存する眺めがなんとも幻想的であった。海岸には奇岩が多数横たわっている。岩の隙間には海水が溜まり、その中には見たことのない生き物がひしめくビオトープらしきものができていた。

海岸近くに何軒か並ぶ料理屋の一つに入り、せっかくだからということで奮発し、名物のいちご煮を食べる。ウニとあわびのお吸い物という、非常に贅沢なご飯であった。他の人が頼んだ磯ラーメンも美味しそう。昼食後、再び海岸まで足を運んで、しばし思いおもいに海岸を満喫する。淡い日光に照らされて程よく温まった岩に寝っ転がると、温かさがじんわりと体にしみこんできた。

種差海岸を出発し、本日お世話になる「伝説の宿」へとまずは向かう。柏木旅館という名前のその旅館は、その昔、宇野重吉などが泊まったこともあり、演劇界隈では有名な宿らしい。中に入ると、ニコニコした白髪のおばあさんと白い猫が玄関口に座っていた。これが非常に独特な雰囲気で、歴史ある宿の店構えとも相まって異界に迷い込んだかと錯覚する。程なく、女優・ダンサーでもある女将の柏木七穂さんに案内されて、各自チェックイン。客室内は温かみがあり、調度品にもこだわりが感じられ、とても落ち着けそうな雰囲気だ。

夕方、八戸公演会場のSLOWBASEの森へ下見に向かう。チラシ作成時、目印があまりなくて不安になった野外の会場だ。都会にしか住んだことがないと、こんな地図で本当にわかるのだろうか、と思ってしまうが、地元の人ならわかるから大丈夫、と朋さんに言われていた。閑話休題、八戸の中心地から少し離れたところまで国道を走りUターンすると、間も無く会場に着く。会場の入り口前には広いスペースがあり、ログハウスやオブジェが立ち並んでいる。明日はこのあたりにお客様の車がたくさん停まるらしい。

会場に戻り、どのようにスクリーンを設置するか、蚊帳をどのように吊るか、客席をどこに配置するかなどを見積もる。ツリーハウスやダイナミックなオブジェがそこここに並び、作品を創造した木村勝一さんのエネルギーの高さをヒシヒシと感じる。この日、木村さんも会場にいらっしゃるはずだったが、車両事故に巻き込まれ、この日はお会いできなかった。

夕食前、朋さんのガイドで、メインストリートにある大きなビルの1階にある本屋、八戸ブックセンターに立ち寄る。真新しい内装の店内には、寝そべって本が読めるハンモックが設置されていた。書店自身のセレクトで本が並んでいるようなこだわりが感じられ、大いに刺激を受ける。続いてご当地ものの料理が食べられそうなお店に入る。せんべい汁をはじめ、海の幸をいただいた。

柏木旅館に戻ると、猫がまたしても出迎えてくれる。この猫は自分が今まで見た中でもダントツで一番人懐っこく、玄関に突っ立っていると向こうから擦り寄ってくる。ここぞとばかりに気の済むまで撫でて部屋に戻ると、八戸までの移動中にコンタクトやメガネをなくしていたことを思い出し、コンタクトの保存液を近くのコンビニまで買いに行く。柏木旅館はタイムスリップしたかのように歴史を感じる旅館だが、八戸のメインストリートに程近く、コンビニも徒歩1分なのである。

7月30日

起床後、柏木旅館で朝食をいただく。会場入りは昼過ぎなので、昼ごはんまではのんびりする。正午頃、昨日立ち寄った本屋の入ったビルの上層階にあるレストランに入ると、ふと後ろから声をかけられた。振り向くと、なんと、柏木旅館の女将さんのごきょうだいであった。昼間はこのレストランで働かれているらしい。食事は八戸の地の魚を使っている洋風のランチを美味しくいただく。

昼食後、車で移動し、いよいよSLOWBASEの森での仕込みが始まる。青空が冴え渡り、蝉が元気よく鳴いている。予定通り野外でできることが嬉しい。木村さんは、早朝から会場準備を始め、看板などをすごい勢いで作り上げていた。作業の手を止めてこちらに向かってくる勢いはのけぞってしまうほどで、昨日会場で感じていたオーラはこの人から出ているものなんだなと妙に納得した。

今回は野外なので、夜の虫対策は必須。影絵は光を使うので、スクリーンに蚊帳を吊る。完全にぶっつけでの設置であったが、奥本くんのロープ結びのテクニックにも助けられ、なんとか吊るすことに成功。音楽機材も虫対策をする。機材にはプラグを差し込むための穴などが多数あるが、全てを使うわけではないので、使っていない穴を全て養生で塞いだ。

仕込みが一通り終わり、ようやく音出し。遮るものが全くない空間での公演は初めてで不安だったが、想定よりは音が拡散しきった感じにはならない。声とのバランスもなんとかなりそう。あとは、盛岡公演の最中に潰れてしまった紗矢さんの声が気掛かりである。リハでちょっとだけ声を出してもらいながら音を合わせたが、1日休んだこともあり、だいぶ復調しているようで、少し安心する。そうこうしているうちに公演のお手伝いの方もいらして、いよいよ本番が近づいてきた。

楽屋はスクリーンの裏手にあるツリーハウス。夏の18時過ぎ、薄暗い中で本番の始まりを待つ。先ほどまで盛況だったひぐらしの声が次第に聞こえなくなり、朋さん、そして木村さんの前説が終わり、楽師席に向かう。

本番は、紗矢さんの声が潰れることもなく、僕の音にも特にトラブルはなく、無事に最後まで通すことができた。時間を置いて記録映像を見たら、紗矢さんの声がその時感じていたよりもずっとギリギリな感じで、悲壮感が通常時よりもかなり高まっているように思った。

数年前からだろうか、紗矢さんの発声技術が上達するに従い、僕の方も音量をどんどん出すようになった。(遠藤さんも含め)みんなギリギリを狙うのが好きだから、今回のツアーではそのギリギリが何度も連続して続いたことで、紗矢さんの喉が限界にきてしまったように思う。表現者としては常にギリギリの線を狙って、その緊張感を観客の皆様にも感じて欲しいと思うものだが、今回は紗矢さんの喉に対して無理をさせすぎてしまったのではないかという気もして、ちょっと反省している。実際、今回から使っている馬力が出るスピーカーは、近くで聞くとかなり音が大きい。この音と生の声で張り合って、しかも声の表現力が犠牲にならないというのはすごい。秋田公演の時に三味線の方が紗矢さんに驚いていたのも納得である。

終演後、木村さんの娘さんをはじめ、来場者の方々とご挨拶。八戸でもこの作品が受け入れられている様子を実感する。遠藤さんに聞かせてあげたい感想をたくさんいただいた。木村さんは今回でこの会場を畳んでしまうらしく、最後の公演が『月夜のけだもの』そして『極楽金魚』だったのは、この作品に携わる者としてとても光栄に思うと同時に、二度とこの場では上演できないのが残念にも感じる。

打ち上げは、会場のすぐ横にあるログハウスの前でバーベキューを用意してくださっていた。木村さんや、木村さんのご友人のバイタリティは凄まじく、この輪の中にいると、普段はとてもエネルギッシュな朋さんが普通の人に見える。参加してくださった方々が口々に『極楽金魚』が面白かった、とおっしゃってくださり、大変嬉しかった。この日、出演者と奥本くんは12時過ぎには寝る準備に入ったはずだが、木村さん、朋さん、木村さんの知人の皆さんは相当遅くまで柏木旅館で飲んでいたらしい。どこからそんな力が湧いてくるのだろう。同じ人間とは思えない……

ともあれ、これでツアーの全公演が終了した。最後まで作品を無事に上演でき、多くの方が作品を受け入れてくださったことが大変嬉しかった。

『極楽金魚』を初めて上演したのはこのツアーからちょうど10年前の冬でした。10人くらいしか入れない銀座の画廊で初演した時は、大枠こそ今とそこまで変わらないものの、楽器はギターだけでなく、ジャンベなんかも使っていました。その後、割とすぐにギターだけでやるようになり、毎回機材を入れ替えたりしながら、不思議と毎年のように上演する機会に恵まれました。4〜5年前は、PCのアンプ・シミュレーターで全部音を作っていた時期もありましたが、2020年、時節柄暇な時間が増えたこともあり、PCでのシミュレートからペダルボードに切り替えたのがここ最近の音作りのベースになっています。今回の機材は今までの中で一番重量があり、カートで運ぶのは結構しんどく、車で回れたのは本当にありがたかったです。道中運転をしてくださった奥本くん、朋さん、本当にありがとうございました。運転だけでなく、多岐にわたる準備、当日の仕事、その他の制作的な仕事も含めて、全て感謝しております。また、10年にわたって長く上演される作品のきっかけを作ってくれた、人形デザイン・制作の向條英梨奈さんにも今一度感謝します。そしてもちろん、脚本・演出の遠藤啄郎さんにも。

『月夜のけだもの』は『極楽金魚』と合わせて上演できる作品を作ろう、という意図で作られた作品でした。人形デザインは遠藤さん。デザインした当時、89歳。この歳でこのデザイン! すごいと思います。本作はまだまだ音に可能性が色々あると思っているので、じっくり取り組める時が来たら、変えられるところはガラッと変えてみてしまいたいと思っています。

ラジオドラマで初めて世に出た年から数えると、『極楽金魚』はもう50年以上も時を経た物語です。今回のツアーから遡ること半世紀近く前、「人と人形の劇」として海外や日本全国を回ったりしていたそう。かつて遠藤さんから聞いた話だと、礼文島などでも上演されたというから、かなりの回数上演されたと思われます。今後とも末長く上演を続け、この稀有な物語を多くの方々に伝えていく役目の一部を担っていければと思っております。今回のツアーにご来場いただいた皆様、誠にありがとうございました。

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