創作影絵人形劇『極楽金魚』『月夜のけだもの』東京・東北ツアーの記録です。今回は東北に旅立つ前日、そして石巻公演当日を振り返ります。
【吉岡紗矢の手記】
7月21日 移動準備日
東北ツアーのための荷造り。遠方に宿泊する旅は実に3年ぶり。夕方、どうしても行きたかった銀座養清堂画廊で行われている遠藤享さん(遠藤さんの実弟)の展覧会に行く。享さんの版画には一つ一つはっきりとした空間があり、精神性を感じさせるその景色を前に、一枚一枚まるで違う新鮮な空気を胸一杯吸い込むことになる。本当に素晴らしかった。世界で評価されている訳です。いつまでも絵の中に居たかったが、間もなく閉廊。享さんから一緒にご飯でもとのお誘い、残念でならなかったがツアーの準備に戻る。画廊で一緒になった武蔵美の田中くんと話しながら帰る。
地元で無料PCR検査を受け帰宅すると、間もなく船劇場で荷積みをした車で奥本くん、松本くんがやって来た。影絵の道具だけ積み込み、車は一晩近所に駐車された。
7月22日 石巻公演 ラ・ストラーダ/La Strada
朝7:30過ぎ、マンションの前に集合。降りて行くと既に奥本・松本組が荷積みを工夫している。ツアー中いちいちバラして仕込むのは大変過ぎるので、影絵セットを組んだまま積み込めるように、背の高い車をレンタルしてくれた。本日の石巻公演は直前に仕込むことにしており、今朝は組まれたセットは無いが…。想像すると、全体の荷物が多すぎて、どうしてもセットを組んだまま積めるとは思えない。そこで、いざ積み込む時はスクリーンと床板は分解しようということになった。遅れて朋さんが到着。いよいよ石巻へ向けて出発。最初の運転は奥本くんだ。ツアーの全行程、朋さんと二人で交代しながらしながらの運転となる。
車中、一昨日の晴れ豆公演をご覧いただき、終演後に熱く語ってくださった演出家の上田遙さんが、人形遣いの水田外史さんの息子さんだと知る。遠藤さんといろいろあったと聞いているあの水田さんの息子さんでしたか!上田さんは子供の頃遠藤さんに会っているそう。遠藤さん!水田外史さんの息子さんが極楽金魚を観て絶賛してくださいましたよ!遠藤さんの「へえ!」と驚く声が聞こえます。遠藤さんも会えたらよかったのに。時は流れ、新たなご縁があるものです。
影絵セットを組んだまま積むために用意したレンタカーは、後部座席の背もたれが小さく、頭を支える部分が無い。荷物を運ぶのに特化した簡易座席の体で、「これは失敗した」と朋さんが仰った。私は出発したばかりでテンションが高く、後部座席でキョロキョロしつつ、その問題点の深刻さにまだ気付いていなかった。
福島の辺り。恥ずかしい話だが、自分が通っている辺りの福島の現状を追えていない。どこが人が住めない区画なのか、どこに戻りはじめているのか。被曝して出荷できない牛達を処分せずに育て続け、人々にメッセージを送り続けている方の話を朋さんから聞く。
高速の途中で「なみえ焼きそば」を食べる。名物なので注文が殺到し、厨房を見ると大勢の女性がいくつかの大きな中華鍋へ麺を次々放り込んでいる。粗雑な風景に反して美味しかった。ポイントを押さえ豪快に作るのが美味しい料理の秘訣だろう。遠藤さんは料理が上手で豪快だった。私の手元を見て、ちまちまやってんじゃねぇという感じだった。
本日の公演地、石巻のライブハウス「ラ・ストラーダ」に着く頃、雨が降っていた。お店の入口に車を止めようとグルグルしている内にお店を見失う。この辺のはずと全員で目を皿のようにして道の左側を見ていたら、店は右側にあった。お店を知っているのは朋さんだけ。「いつもの朋さんとの珍道中が始まった!」と笑いが込み上げる。
ラ・ストラーダの相澤さんと奥さんである安富さんが迎えてくださり、全員で搬入。階段を上がった先に素敵な部屋があった。いろいろな椅子があり、コーヒーを淹れてくださった。くつろいで空間を楽しみたかったが、既に15時。2時間半仕込んでリハーサルをして19時開演、休憩も入れたいので、挨拶もそこそこに仕込みに取り掛かる。現地でご用意いただいた舞台嵩上げ用の台の上に、影絵セットを組んだパネルを載せる。パネルからはみ出すスクリーン脇の隠し兼飾り布へ、パネルの厚み分の足を付けなければならず、奥本くんに作成してもらっていたが、いざ取り付けてみたら規格が違い慌てふためく。打ち合わせ不足。舞台嵩上げの台も左右が少し足りず、高さが近いプラスチックの箱を借りる。飾り布をどう固定するか途方に暮れ険悪な空気を出してしまったが(修行が足りない)、しかし頭を使えばなんとかなる。美しく設置できた。
リハのあと4人で肩を寄せ合っておにぎりを食べ、開場。お客さんが例の素敵な部屋でくつろいでいらっしゃるのが垣間見える。鏡を見ると少し疲れた自分の顔がある。顔も髪型も決まらない。しかし知らない土地で人々が集まってくださったことが嬉しい。本番。影絵の小部屋に入ってしまえばいつものペースだった。発声的に声の響きがいまいちで、少し丁寧め。後半、響きをパワーで補うハメになる。終演後、お客さんは楽しんでくださったようで、舞台裏も興味深くご覧になった。皆さんが帰られると即バラシ。ツアー前に絶不調で一瞬引きこもった松本くんが、バラしながら相澤さん夫妻と多岐に渡る突っ込んだ話をしているのを横で聞きながら、回復してよかったとしみじみ安堵。私は黙々とバラす。人形の片付け方を奥本くんが呑み込んで担当してくれて嬉しい。
バラシの後相澤さん夫妻と近所のお店でご飯を食べる。石巻は魚介類が美味しい。ホヤ初体験で劇団の三人は衝撃を受ける。これがフレンチの巨匠三國清美シェフが味覚を培ったというホヤか〜。金華鯖も凄かった。まずは東北ツアーが始まったということで、朋さんにいじられながら奥本くんも上機嫌で何より。
相澤さんご夫妻は作り手を非常にリスペクトしてくれ、このご時世で経営も大変なのではないかと思うが、頭が下がるばかりです。私個人はあまりお話が出来なかったので、この場を借りてお礼を申し上げたい。本当に細やかなお心遣いをいただきありがとうございました。
宿は「コンビニエアーズロックホテル石巻」という変な名前のホテル。マンションをホテルに改造したらしく、一人住まいのマンションの一室に帰宅したかと錯覚するような部屋。案外居心地よし。明日は公演なしの移動日。
【松本利洋の手記】
7月21日 移動準備日
昨日の東京公演の本番終了後、話しかけて下さった演出家の上田遙さんは、語りについての造詣がとても深くてびっくりした。観客と同じ次元から世界を立ち上げることを常に目指している横浜ボートシアターのスタンスと、とても近いものを感じる。富山で囲炉裏を囲んで語り部が不意に話を始めるときの様子を、上田さんがまさに「語って」くださり、ありありと情景が浮かんでくるのであった。
昨晩の余韻に浸る余裕もなく、午前中にBIAS Distortionをペダルボードから外し、NoelのVoirとBOSSのBlues Driverを入れる。2020年の『極楽金魚』撮影時の構成に近い。Blues Driverはアンサンブルの中で使うにはとても良いエフェクターだが、語りに直接音をつける今回の用途としては完全ではない。が、歪み系エフェクターをあまり持っていないので窮余の策として組み込む。
午後、予備の楽器として積み込むアコギのケースの購入やPCR検査のために横浜を歩き回る。最近感染者が増えてきた影響で、以前は予約なしですぐに受けられた検査所が完全予約制になっており、劇団で購入したキットで検査することにした。
既に歩きまくって結構疲れていたが、荷物の搬入のために船劇場へ向かう。奥本くんの作った今回専用の平台をはじめ、細々とした工具、野外公演のための蚊帳などを積み込み、自宅へ。自分の機材等を積み込み、さらに大森で積み込み。
7月22日 石巻公演 ラ・ストラーダ/La Strada
朝、旅用のスーツケース、その他の荷物を持って大森に集合。石巻へ出発する。
15時過ぎに石巻ラ・ストラーダに到着。雨の中、2階の会場へ荷物を搬入。予定より遅れたこともあり、多少ピリピリしたムードでいそいそと仕込みが始まる。自分はここで『月夜のけだもの』用のサンプラーで不具合があることに気づく。どうしようもなかったので、この日は不具合があるところを使わないようにしてなんとか乗り切った。
仕込みがひと段落するまでは、オーナーの相澤政洋さん、安富朋子さんともほとんど話せず、せっかく淹れてくださったお茶やコーヒーその他の差し入れにも手を伸ばせなかった。ようやく公演直前にお茶を飲ませていただいたが、かつて遠藤さん、紗矢さん、奥本くん等のYBT関係者でよく入ったレストラン「カプリチョーザ」のハーブティーっぽい味で、急に懐かしい思いが胸中に湧き上がる(あとでそのお茶のベースはルイボスティーと気づく)。
開場前、安富さんに客入れの音楽は何にしますか? と問われ、相談した結果ジョグジャカルタのガムランのレコードをかけてもらうことに。安富さんは早くからインドネシアに興味があり、外語大のインドネシア語学科に進まれたそう。また、横浜ボートシアターの『若きアビマニュの死』もご覧になっていたという。不思議な縁を感じます。
個人的な公演の出来は、まだまだな感じではあったが、全体的な出来はよかったのであろう、ご来場いただいた方々からは温かい声をかけていただいた(出演者は必ずしも公演の良し悪しを自ら判断できないものなのです……)。
公演後の搬出作業の時、ようやく相澤さん、安富さんとお話をたくさんできた。搬出が終わったら既に結構遅い時間であったが、ラ・ストラーダご夫妻おすすめのお店で軽い打ち上げのようにご飯をいただく。流石に海の幸はどれも大変美味しい。ホヤを人生で初めて食べた。五つの味(甘、塩、酸、苦、旨)全てが入っているだけあってとても複雑な味わい。
乾杯をするときに、自分はお酒が飲めないのでいつもはソフトドリンクを頼むが、ノンアルコールカクテルにレゲエパンチというのがあり、名前に惹かれて興味本位で飲んでみた。元々はお酒が苦手な人向けに作られたカクテルらしいので、ノンアルコールだと本当にジュースのようだ。これも美味しかったです。
ホテルは普通のマンションを改装したような変わったホテル。わりに広い部屋で、快適に過ごした。寝たのはおそらく午前1時過ぎ。
【奥本聡の手記】
7月21日 準備日
昨晩の東京公演を終えて、この日は準備日、翌日は朝早くから東京を出て、石巻まで長距離移動をしなくてはならないため、忘れ物の内容に準備しなくてはならない。
7月20日の東京公演はとても素敵な舞台になったと感じていた。晴れたら空に豆まいての温かく、色彩のある空間は味わい深く、ステージ上手の入口もどこか和風で落ち着く。スタッフさんも、親切であり、カレーやお茶も美味かった!
終演後、影絵スクリーン脇で熱く語ってくださった方がいた。熱く語りながらの仕草から只者でなさが出ている。手の描く軌跡が残るのだ。あとから、その方が上田遥さんだと知る。
さて、ハードであることが想定される今回のツアー、忘れ物はかなり負担になるし、なるべく道中で体力を使わないようにしたいと思っていた。7/21の準備で失敗したくはない。
と、思っていたところに秋田の会場へ出す簡単な図面を求められ、手描きで簡単に作り、制作の朋さん経由で提出する。その後、新横浜へ。
レンタカー屋のある小机近辺は、田んぼと畑が広がるのんびりしたところ。横浜のイメージからかけ離れたこの場所を写真に収め、東北の方へ見せても良いかもなと思う。
車を借りて、船劇場へ、松本くんとともに荷積み。一番大きなものは平台だ。そして、八戸で使う予定にしている蚊帳がどのようになるか心配である。
その後、音響機材を荷積み。エフェクターも相当大きい。ギターはエレキとアコギの二本。いざというときのためだ。ツアー中は何があるかわからない。
大森で影絵の荷物を積み込み、後は翌朝個人の荷物を積むだけとなる。僕だけではないのだが、皆まだ個人の荷物が準備出来ていない。
大森銀座脇の駐車場にバンをとめこの日はあがり。
明日も朝が早い。車での移動は先も読めないし、気をつけたい。