軒もる月

この作品は、いわゆる「奇跡の14ヶ月」の3作目にあたります。

演じられた回数こそ多くありませんが、感想にもある通り、

「自分で自分の心に片をつけてゆく」経験をした女性からの評判が非常に良い作品です。


あらすじ

月氷る霜の夜、乳飲み子を寝かしつけ、工場からいまだ帰宅をせぬ夫を案じている妻・袖。
けれど心はいつしか、かつて奉公した桜町家で思いを通わせた殿の元へと走る。
妻子父母を思い身を尽くしてくれる夫への恩、稚児の可愛さを思うにつけ、己の二心は許されぬものと思え、袖はついにある決心をする。
葛籠の底に納め、封を解く勇気のなかった殿よりの恋文十二通を取り出だし、いざ神仏の御前にて己の心の清濁を問わんと、封じ目を解く。
殿の燃える思いは涙の文字となり、瀧のほとばしりにも似て袖を圧倒する。
煩悩自ずから消えよと、袖は文を散り乱し、ただ恍惚として天井を見上げていたが、突如、「殿、夫、我が子、これが何者か」と高らかに笑い出し、恋文をすべて破り捨て火にくべる。
「執着はなし」と打ち眺める袖を、軒もる月が照らし、風は清らかに吹きぬける。

作品メモ

「梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ」

(藤原定家 新古今和歌集春上44)

【口語訳】梅の花の匂いの移り染みた、涙に濡れた袖の上、軒より漏れてくる月の光が梅の匂いと競い合っていることだ。(訳:梶間和歌)

この和歌と一葉の「軒もる月」の関係が指摘されているか聞いたことはありませんが、短歌に通じていた一葉なので、この歌にイメージを重ねていたに違いないと思えます。
かつての恋人を表す梅の花の匂いが、月の光と入り混じるという、悲しさなども通り越した冴え冴えと美しい歌です。
桜町の殿に思いを寄せる女性の名は「袖」、梅の花が殿なのか…
いずれにせよ「神仏にかけて心試しをする」袖をじっと見つめる月と、霜夜に煩悩を燃やし尽くそうとする袖の美しさが描かれており、更に定家の和歌を詠めば、切れるような寒さの中に凜と咲く梅の花の姿が袖と重なり、香り立つ気さえします。

他にも、言葉の意味だけではなく音(おん)のたたみかけによって情景が表現されるなどの、歌に通ずる技法もみられます。

感想

女性のもつ凜とした強さ、ゆかしさを感じた。
よくぞこういう作品を選んでくれた。
自分で自分の心に片をつけてゆく強さを、実は女は持ち合わせている。
だからすごくわかる。共感した。
(60代女性)

上演履歴

  • 2013年7月 ノイエス朝日(前橋)
  • 2013年7月 自由空間しおん(東京)

スタッフ・キャスト

  • 演出 遠藤啄郎
  • 音楽 松本利洋
  • 語り 吉岡紗矢