「さらばアメリカ!」の歴史③〜 「遠藤啄郎のアメリカ」から「さらばアメリカ!」へ〜

「さらばアメリカ!」が上演に到るまでの歴史をご紹介する連載コラム、今回が最終回です。横浜市中央図書館で上演された「アメリカ!」はその後シアターXで「遠藤啄郎のアメリカ!」と改題され上演されます……

前回(1970代執筆当初に関する記事)

前々回(横浜市立中央図書館にてリーディングスタイルで上演された時の話)

 

 


 

シアターX「遠藤啄郎のアメリカ」公演チラシ〈表〉

 

図書館小劇場を経て2000年9月にシアターXで上演された「アメリカ!」は「遠藤啄郎のアメリカ」と改名された。

カフカの「アメリカ」と間違われないようにとの劇場側の配慮もあったように思うが、何より遠藤の個人史としての捉え方が大きかったように思う。
演出も、台本の冒頭に記された詩を遠藤自身が観客の前で語り、手ずから台本を「私」役の主演男優に手渡すという儀式で幕を開けるものだった。

 

キャプション:シアターX「遠藤啄郎のアメリカ」公演チラシ〈裏〉

 

一方今回の「さらばアメリカ!」は遠藤の個人史の枠に収まらないものになって来ている。
2000年の上演が遠藤の個人史的作風となった理由を考えてみると…
一番大きな理由は「私」役の主役男優の野口英さんが戦争体験者だったからではないか。
野口さんは遠藤の戦争体験をご自身の記憶と重ね、心情的にあの戦争そのものを描くという重荷を背負われたはず。
翻って現在はと言うと、遠藤以外に戦争体験者は一人もいない。
そこである意味無責任に、自由に、現在のリアリティを作品に投影している。
同じエピソードに託すものが、野口さんはあの戦争そのものであったのに対し、現在はもっと別な社会の矛盾や普遍的な意味での戦争というものに対する思いであるように思う。

 

シアターX「遠藤啄郎のアメリカ」公演舞台写真

 

現在作品がこのように個人史の枠を超え普遍的なところへ高まって来た理由は他にもある。
シアターX「遠藤啄郎のアメリカ」公演は、前回の記事でもご紹介した通り、リーディング形式を少し発展させた形での上演だった。
役者は全員台本を持ち、衣装も黒装束の上に役を象徴するワンポイントを付ける程度のもの。
動きやポジショニングも簡素で象徴化を狙ったものだった。
このように2000年の上演は仕込み期間が半年だったのに引き換え今回は2年近く時間をかけている。
その時間があってこそ、メンバー一人一人の中で作品の意味が深まり、熟成したに違いない。

チラシなどで「さらばアメリカ!」は「遠藤の自伝的作品?」と半ばミステリアスに形容されている。
このように作品を説明されると、単なる覗き見的な私小説風の舞台と思われるかも知れない。
しかし単なる覗き見的な私小説は当の遠藤が非常に嫌うところである。
遠藤の作風は個人の体験から発した抒情詩を経て、より大きな物語・叙事詩へと発展して来た。
その流れで今回この「さらばアメリカ!」を上演することは、決して後戻りではなく、個人史を客観化し普遍的要素を汲み上げる新たな挑戦なのだ。
執筆から40数年、そして作品に出て来るエピソードの多くは終戦直後、70年前の体験だという。
この時間の隔たりが、覗き見的私小説になり得ない冷めた目を遠藤に与えていることも確かだ。

2018年、「さらばアメリカ!」をお楽しみに!

 

余談だが、「遠藤啄郎のアメリカ」上演時において、作品の筋の一部がある種の人に大好評であった。

彼らに「これまでの遠藤作品で一番面白い」と言わしめた。
それがどんな場面かは今回の「さらばアメリカ!」を観てのお楽しみということで。
皆さまのご来場を一同心よりお待ち申し上げております。
本文:吉岡紗矢