『恋に狂ひて』2015年ツアー記録 6月29日(月) 移動日 徳島~松山

6月29日(月) 移動日 徳島~松山

執筆者の文字色:吉岡 奥本 松本


移動日である。出発は10時ということになっている。洗濯物をしていると、近所に住んでいる人がやってきた。50代半ばに見えるおばさんだ。生まれてから阿南市と徳島市しか行ったことが無いと言う。横浜は歌とかで聞くと良いところみたいねとなんだか、ほっこりする回答をもらう。生活というものに対する考え方が違うのだと改めて認識する。

9時、海へ行くグループは朋さんの運転する車にのって北の脇海水浴場へ。時間はホテルから10分弱、細い道を進んで海水浴場へ到着する。メンバーは、泉、柿澤、奥本、斎藤に加えなんと説経節政大夫さん。説経節政大夫さんは9時出発と勘違いしてしまい、ついでだからと海へ向かったらしい。

春菜さんと吉岡は起きられず海へは行かないことに。朋さんと政大夫さんを見送り、朝食。もし別のホテルに泊まっている柿澤さんたちがやっぱり疲れて起きられず誰も海に行かなかったら、朋さんと政大夫さんは二人で海に行くことになる。その姿を想像するとなんだか可笑しく、二人で海を見て何を話すんだろうと、食堂に居合わせた竹内さんや綾香くん達と盛り上がる。心配は無用だったけれど。

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高知の琴ヶ浜とは全く異なる趣を思った北の脇海水浴場。琴ヶ浜は、男性的で荒々しく力があったが、北の脇はたおやかで、優しくて、綺麗だった。それは、目に見える景色の問題ではなく、例えば砂浜であったり、よせくる波や風といった肌で感じることが出来るものだった。柿澤さんが履物を脱いで海へ走る。泉さんは写真を撮りまくる。僕も珍しく雪駄を脱いでズボンをまくりあげ海へ入る。透明な水。海水を含んだきめ細かな砂。水をバチャバチャと跳ね上げたり、湿った砂に文字を書いたりとおよそ僕らしくない青春的光景。こんなことをしたのは何年振りだろう? 10年ぶり? ギリシャ以来かもしれない。しかも、ギリシャへ行った仲間である柿澤さんと海で遊んでいる(僕の記憶では、10年前にギリシャへ行ったとき、確かに海で遊んだが、柿澤さんは体調を崩し海で遊べなかった。というか、10年前は海で遊ぶ機会なんてないと言われたのに、男以外は皆海で遊ぶ準備をしていたのには驚いた)。砂浜に書いた文字は波が二回さらえば消えてしまう。僕はわけのわからない文字を書いて遊んでいたが、柿澤さんは“「恋に狂ひて」”に関することを書いていた。内容は忘れてしまった。

海の近くには民宿もあり、「本当はこういうところに泊っても良かったんだけど」と朋さんがおっしゃったのが記憶に残っている。海水で汚れた足をあらい、岡山で貰った手ぬぐいで水を切って出発。ホテルで他のメンバーと合流すると、一路徳島の阿波十郎兵衛屋敷へと向かう。徳島市までおよそ1時間かかる。阿波十郎兵衛屋敷とは、「傾城阿波乃鳴門」に登場する阿波十郎兵衛のモデルとなった板東十郎兵衛の屋敷らしい。そして、そこでは定期的に阿波人形浄瑠璃が行われている。その浄瑠璃を観るためにちょこっと寄り道をするということだ。行がけに、昼は何を食べるか皆で考えるが良いアイディアが出ない。道中、春菜さんが娘さんとSkypeをしていた。みんな画面越しに手を振った。

そうこうしているうちに阿波十郎兵衛屋敷へと到着。まずは、阿波人形浄瑠璃を拝見。巡礼歌の段だ。“あーいー、父様の名は……”という台詞が妙に頭に残る。自分の正体を明かしたいのに明かせないお弓の葛藤。二人の別れはとても飛躍した表現であらわされており面白い。

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親と別れ寂しさを抱えながら健気に生きる少女・お鶴を観て、春菜さんが客席で泣いていた。もうじき3歳になる娘さんと二週間離れてのツアーの最中、別れの辛さは他人事ではないのでしょう。そんな春菜さんを見てもらい泣きしてしまう。

その後は資料館を見学。資料館に飾ってある淡路人形の大きさに驚く。下駄の高さも高い。さらに、驚いたのは徳島では正月に人形の角付けがあり、サラリーマンの年収くらいそれで稼ぐとのこと。そういう芸を創作することが出来れば、我々も楽になるんだろうなと思った(が、やっぱり一筋縄ではいかないだろう)。阿波十郎兵衛屋敷の方も昨日、阿南まで見に来てくださったらしい。人形を使った新しい挑戦ということで、非常に好意的に受け入れてくださった。ありがたいことだ。

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昼食は、阿波十郎兵衛屋敷の人に教わりうどん屋へ行くことに決定。徳島のうどんはどんなものかと思っていたが、美味い。讃岐うどんよりも徳島のうどんの方が僕の好みに合っていた。柔らかい麺にさっぱりした味。非常に食べやすい。建物はプレハブ。トイレもプレハブ。徹底的にコストを削減したお店に従業員はざっと見たところ6人。お店は15時にはしまってしまう。値段はさほど高くなく、どうやって利益を上げているのか気になるところ。営業時間を短くしている分、賃金も安いのだろうけれど。

うどんをひっきりなしに茹で続け、お客は待たずに食べられ、どんどん回転する。この良い循環が滞らないのは美味しさゆえ。政大夫さんは温かいのと冷たいのと、計2杯召し上がっていた。「これは“趣味”ではなく“主義”です」と仰っていたとか。

そして、一路松山へ。途中、高速に乗りそびれタイムロスしてしまう。さらには、中央線の無い道路であまりに右寄りに走ったため、少し危ない場面もあった。やはり、一昨日、昨日の強行軍の疲れがまだ残っている。徳島道をずっと走り、吉野川SAも過ぎ、小さなPAで休憩をすることになった。「恋に狂ひて」ツアーメンバー以外誰もいない。そして、何もないPAだった。ドライバーがそこで代わり、僕が運転することになった。助手席には説経節政大夫さん。説経節政大夫さんの助言を受けながらの運転、徳島もいつの間にか過ぎ、愛媛県へ到着。高速を降りる前に運転を再度交代し、松山へと到着。まずは、道後温泉を目指す。

風情のある温泉場。女子がお湯に浸かっていると「どちらから?」と声が掛かる。「横浜から、お芝居をしに来ました」「いいわね〜。へぇ〜」気さくに話しかけてくれて嬉しい。

道後温泉入浴後、遠藤さん、説経節政大夫さん、泉さん、松本くんとかき氷を食べに行く。一遍上人の名前と関係のあるお店だった。このとき、初めて知ったのだが、一遍上人は松山で生まれたらしい。

竹内さんは温泉に入らず散歩に行かれたと聞いていたが、実は近くにある地元の人が行く温泉に行かれていた。そちらの方がお湯はいいが、みんなはまずは有名どころに行ってみるのがいいと思い、お一人で行ったとのこと。仕事柄旅が多く、この辺りもよくご存知だ。湯上がりにふらふら散歩をしていたら「美味しいアイスクリーム屋があるよ」と言って連れて行ってくれた。いく種類もの柑橘のアイスクリームが並ぶオシャレな店。そしてとっても美味しかった!

かき氷を無事に食べ終わると、集合時間ギリギリとなる。そこから、松山のホテルへ移動。玉寄さん、竹内さん、綾香さん、松本くん、僕は松山ヒルズというホテルへ。その他のメンバーは東横イン松山一番町店へ宿泊することになる。ホテルへ荷物を置いて、東雲神社へ行こうという話があったが、結局中止。シアターねこの鈴木さんからおすすめのお店を聞き、何人かで食事をすることになった。この時、どうしても刺身が食べたくて、強く主張する。この点は反省。春菜さんが勧めてくれた日向飯がとても美味しかった。刺身も美味しかった。全体に満足。松山は食べ物が美味しい。

今日は松本くんのお誕生日だった。先日岡山の打ち上げで朋さんのお祝いをしたように皆でお祝いはできなかったけれど、各々ささやかにお祝いの気持ちをお伝えしました。

ありがとうございます。

そして、この日は解散となった。明日は松山の初日とそして、仕込だ。体力を残さないといけない。